木々が立ち並び覆いかぶさるような木の葉の間から、不気味に月明かりが夜の闇に浸透する。冷え切った空気のなか、もう聞こえなくなったはずの追っ手達の叫び声が未だに頭にちらついた。自身に緊張を与えることは大切なことではあるが、今はそれどころではない。それほど致命的である。落ち着かなければ、しかし息が上がる。太い木にもたれかかるように座り込んでいる相方の右足の太ももを貫通する鋭い剣と、そこから溢れた生々しい血が赤黒く衣服を汚している様子を見るとさらに眩暈がするようだった。
しかし、本人は瞳を赤くし自分より呼吸を荒くして今にも泣き出しそうなほど混乱しているのだから、こちらが、自分がしっかりしなければ。
「イヴェール・・・」
「やッ、駄目だ、・・・っ痛い!」
「わかってる、大丈夫だ、落ち着け」
イヴェールに言いながら、自分にも言い聞かせる。痛い痛いという呻き声が脳に直接刺さるように響き、唾を飲み込み、暗闇の中を手探りでイヴェールに突き刺さる剣に触れる。新しく、関心するほど綺麗な黒い剣だ。錆びてるわけでもない。大丈夫、さっくり切れただけだ。それだけなのだから。
靴を脱がせ、右足を取り巻く布を引き裂く。露わになる白い女の様な肌に鮮明な血が滴る光景に息を呑んでいる自分に背徳的な何かを感じる。それくらいの余裕はあるのだ。そう思いゆっくり息を整え、イヴェールの肩に手を置き、顔を覗き込む。やっぱり泣いている。子供のころ、夕焼けの中の帰り道で走りすぎて転んでしまった時もこんな顔だったはずだ。いつのまにか背中に回っているイヴェールの腕が力強く自分を引き寄せ、背中に食い込む爪の痛みに眉を潜めながら口を開いた。
「息を吸え」
「もう、やだっ、死にたくないっ」
「息を吸え。足に棒が刺さったくらいで人間は死なねぇよ」
「はぁっ・・・っ・・・」
「そう、深く呼吸しろ・・・いい子だ」
子ども扱いしても睨まれず、それどころか堅く目を瞑り大きく肩を揺らしている。不規則だった呼吸がだんだんと落ち着いてゆき、背中のシャツを握りこむ手の力も少しずつ弱まっていくのを確認する。そしてそっと剣を握り、イヴェールの額の汗を拭い取って「抜くぞ」と小さく呟き、驚いて目を開け、口を開き何か言いかけたイヴェールを見ないふりをして一揆に剣を引き抜く。
「っぁ、あああぁァッ―」
背中に回る腕の力が一層増し、喉が引き裂かれてしまうのではないかというほど首を反らし、イヴェールは絶叫する。すぐに自分の袖の布を裂いて、その引き抜いた太ももの大きな傷に何重も巻きつけるが、白いはずのシャツの布がすぐに赤くなってしまうのに歯軋りし、べとべとになった布を捨て、もう一度残りの布でまた同じ様に巻いた。
「・・・はぁ、はっ、もっと、早く言えよ」
「落ち着いたか?」
「お前ほどには・・・」
眉を潜め額に汗を滲ませながらも苦笑いし、いつのまにか本来の安定した呼吸を取り戻すイヴェールを見て、そのとき漸く落ち着いたのは自分の方だったと痛感する。痛みが引いたわけではないのだろうが、悪態をつけるほどなのだから、もう大丈夫なのだろう。なんとかなった。何が、というわけではないのだが、一先ず落ち着いた。落ち着いたのだから、これでさっさと適当な宿で部屋をとって、それで今日は終わるのだ。
大丈夫、そう思って、これからこの様なことがまた起こるのだからと、ゆっくち立ち上がり、イヴェールに右手を差し出す。そうすると少し躊躇いながらもしっかりと握り返してくれるのだから。
(それでも月はまだ明るい)
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盗賊sが成立してまだ長くない話。