「冗談じゃないっ・・・!」
声を張り上げ、同時のカウンターに手のひらを叩きつける。勢いをつけて立ち上がってしまったため、木の椅子は無惨に後ろ向きに倒れ、カウンターに置かれていたグラスやビンやらは、叩いた衝撃で少し揺れて、そしてすぐ怖気づいたように黙った。隣の銀髪のオッドアイはポカンと阿呆らしくこちらを見つめ、目の前のブロンドの綺麗なウェーブのかかった髪を赤いバンダナで止めている女性は腕組をして笑っていた。カウンターに叩きつけた手のひらが少々痛かったのかもしれないが、その痛みが自分の脳に届くより先にまず怒りというどうしようもない熱が上半身を支配してしまう。
「俺は安酒を頼んだはずだ、高いのは誇りだけでいい」
「誇りと値段が比例するのはいけなかったかしら?」
「この酒にいくらの誇りが掛かってるのかは知らないが、こんな値段に見覚えはないって言ってるんだ」
「買い手がいるだけその売り物の価値は上がるのさ。値段が上がっても買い手はいる。あんたが来なかった間にもね」
「俺がいなかった間のことは俺は知らねぇし、この酒には俺の知ってる値段の価値しかねぇ。だから払えるのもその価値だ!」
張り上げる声に喉が疲れてしまうことも感じず、それにしてもこれだけ怒鳴っても周りの注目がこちらに集まらないのは、本当にまったくもって素晴らしい店である。自分達の話で一生懸命な客は、酒で満たされたグラスと頭で笑っているだけだ。そしてこちらは、酒を一滴も飲まずに怒っている。カウンターの上で無惨にも開けられたビンの中身はイヴェールが全て飲み干してしまった。そして、満足気な顔で座っている彼はコイン一枚出す気はないらしい。昨日の早朝、こちらは二日酔いの重たい頭を抱えているにもかかわらず、爽やかな笑顔で勝者は敗者に残酷な命令を下すのだ。
その王子様はというと、隣で溜息をつきオッドアイを静かに瞬かせ、「ローランサン」と口を開いた。
「それはお前、屁理屈だろ…」
「……お前はいったいどっちの見方なんだ」
「僕はいつでも正当に判断してるつもりだけど」
「正当?正当だと?だったら、このビンを空にした本人が金を払うのが正当ってもんなんじゃないのか?」
イヴェールの顔の前に人差し指を突き出し、銀髪のふわりとした前髪を払いのけて顔を出した額にぐりぐりと押し付けてやる。彼は眉間に皺を寄せながら、少し顎を引き頬膨らませて上目遣いでこちらにむっとした視線を向けた。
「酒を奢ってくれと頼んだろ。先にぶっ倒れたのはお前だぞ」
「どうりでこの頭痛だ、まったく。どうしてくれるんだ」
「そんな頭だからお金も持たずにうちに来たんでしょうね」
「ローランサンの頭が悪いのはいつもだ」
言われた瞬間に、イヴェールの後頭部を手のひらで掴み、そのままカウンターへ重力に力を上乗せして「お前は黙ってろ」と押し付けた。ゴツンと重い音と小さな悲鳴を無視して、しかし女亭主の甲高い笑い声は無視できず、眉間に力を込めて睨みつけた。女に向かって睨むとは全くの笑い話だが、こいつは女の皮を被った蛇だ。そうでなければ鮫でもいい。
金を持ってきてないわけではなかった。しかし、いつのまにやら値上げされていた酒代を払いきれるほどの量はない。歯をぎりりときしませ、感情を頭の中でもみ消し整理する。どうする。今はどうだか知らないが、海賊だったなんて女につけをするのはまっぴらごめんだ。無論、その事実知る客は少く、隣で額を両手で押さえ涙目で唸っている相方が知っているはずもない。
海賊は意地の悪い笑みで「とにかく」と切り出してきた。
「フランがないんだったらその分の労働で補ってもらうわよ」
女は楽しそうに笑い、隣の男は自分には関係ないというようにそっぽをむき出した。こちらとしては苦笑いを返し、視線だけに恨みを込めてみるものの、それを女亭主に向ければいいか相方に向ければいいか、もしくは高値の酒の買い手である、後で笑い合っている酔っ払いどもに向ければいいかを考えなければならなかった。
(ああ、もう頭が痛い!)
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続いた。テンションの高い話だ。
そして続く。