店の前に到着してふと後の、これから相方として働いてもらう幼馴染の様子を窺った。まったく子供のような目をして辺りをキョロキョロと見回している彼に小さく溜息をついた。確かに彼にとっては酒場などというものは物珍しいのだろうけれども、その観察の行為はいったい何が楽しいのであろうか。
「ウェヌス=レティーシァ」と美しく気取った字体で描かれた看板の下を潜り抜け扉を開く。扉の軋みと同時にカランと、取り付けてあった大きな鈴が音を立てた。しかし、その酒場の客の賑わいによって掻き消されてしまったので、その音が耳に届いたのは奥のカウンター内で客と話している女亭主だけであったようだ。自分が後のイヴェールを意識的に隠すように、店の中に踏み出せば、彼女は碧い目をこちらに向けてにやりと微笑んだ。
「久しぶりねぇ、ローランサン。最近じゃ顔も見せないからてっきり振られたのかと思ったよ」
「あんたを振れるような男がいるとはな。よっぽど命知らずなやつだ」
「口だけは相変わらずで何よりね」
女亭主は安定した澄んだ声を張り上げ、自分達へ碧い派手なネイルが施された手で手招きをした。苦笑いをしながらテーブル席に座れるような席はないことに肩を落とし、入り口から動こうとしない、多分何をすればいいのかわかってないのか、それとも酒場の騒がしい雰囲気にすこしひるんでるのであろう、おどおどとしているイヴェールの手を取り奥へと向かった。
サメの首や浮き輪など船内を連想させる装飾が目立つ店内だが、別にこの場所が港町なわけでも海に近いわけでもない。人気のない田舎町の土地を安い金で買い取って建てた店らしいが、酒の味と店の雰囲気ですぐさま人気の場所となったらしい。女亭主はブロンドの髪を指先でいじりながらいつも自慢そうに語る。必要なのは発想だと。前提条件なんてものは関係がない。どんな荒れた土地であれ、そして荒れた海であれ、人間の想像力には及ばない、と。
「あら、今日は随分といい男がついてるのね」
自分の後ろでひょっこりと顔を出したイヴェールを見つけた彼女は、赤い口紅が綺麗に塗られた唇で彼に向かって微笑みかけた。イヴェールも礼儀正しく微笑み返し、そっと彼女の手を取り甲に接吻する。どうやら二人とも品のいい挨拶には慣れているらしく、のけ者である俺はその様子を見守るしかない。
「始めまして、イヴェールです」
「私はレティーシァ。礼儀正しい男は好きよ。ローランサンにはもったいないね」
「ほっとけ」
「で、今日は何か用?」
「酒場に野菜でも買いに来るのか?自分の酒に誇りがあるのなら、こいつに安酒の味を教えてやってくれ」
「ローランサンの買ってくるやつは全部おいしくないんだ。それに、お前、すぐつぶれるし」
「あんた、自分で買ってきた酒でこの子に負けたのかい?」
「ほっとけ!」
そしてそれは俺のせいではなく、このイヴェールが化物並みに酒に強いだけである。彼がコップを手にした瞬間、その中のものを水にでも変えているのかと最初は本気で疑ったぐらいだ。
「まぁいいさ。あたしは全ての海の酒の味を知ってるからね。この世界のほとんどは海だ。要するにうちの酒の味は世界一だよ」
ちょっと座ってな、と、店の奥へと消えていってしまった彼女を確認すると、自分の隣に座ったイヴェールがこちらに顔を向けて「今のっておかしくないか?」と真剣な顔で問うてきたので、思わず笑いそうになってしまったのを必死で堪え(女亭主は運の悪いことにかなりの地獄耳である)、「そういう世界なんだ」とこちらも我ながら理不尽な回答を返した。イヴェールは少し不満なのか、むっとした表情をしたが、しかしそれ以上悪罵を投げつけるようなことはしなかった。その変わりに酒場をざっと見回しながら、辺りを気にせず喋り散らしている客の賑わいというより騒音に顔をしかめて、「お前の酒を黙って飲むべきだった」と小さく呟くのを聞いた。
(そして肘をつき、笑った顔をそっと隠す)
―――――――――――――――
イヴェ君始めてのお使い。じゃなくて。
盗賊s成立はじめの方のお話。
違う地平線の人も書きたかったんだよ。