きっと子供のころ、僕は母親の膝に抱えられ、絵本を読んでもらっていた。ページを捲る度に、鮮やかに展開されてゆく物語に僕は魅入られて、子供ながらも真剣になってその物語の後を追った。すると行き成り、真っ赤な宝石が現れた。鮮やかな色彩のあるページが瞬時に赤に染まってしまう。嫌になって母親にページをめくるように頼むと、慌てた様子の自分を見て可笑しそうに笑いながらゆっくりとページを捲った。今度は真っ黒なページが現れた。そこから数多の手が伸びてくる。黒い手は僕を軽々とそのページに引きずり込んだ。
そして外を見上げると、いつも母は黒い服を着て泣いているのだ。
「おい」
低い声が聞こえたと思ったら、ペチペチと頬を叩かれた。気分の悪さに少し唸って目を開くと、そこには眉間に皺を寄せ険しい顔をした相方が僕の顔を覗き込んでいる。
「……」
「お前いつまで寝てんだよ」
「……」
上半身を起こしてみたが、あまりの目覚めの悪さに吐き気がする。昨日食べたものがまだ消化しきれてないように、胃の中をぐるぐるまわって、今にも戻ってきそうであり、身体中から汗がじわじわと溢れ出した。シャツが肌に張り付き、それがどうしようもなく気持ち悪い。きっと寝ている間にも汗をかいたのだろう。
噎せ返るような吐き気に耐えようと、反射的に口を手で覆い、目を堅く瞑った。額を汗が辿る。嗚呼、駄目だ。闇の中ではまたあの光景が。
「イヴェール」
ローランサンの声でゆっくりと目を開ける。ぼやけた視界で焦点を合わせようとしていると、ローランサンの手が頬の汗を拭うように添えられた。その手がひんやりとしていることから自分の体温の高さを知る。手が撫でるように滑り、頬から首筋へと落ちていった。親指で鎖骨をなぞり、シャツを押しのけるようにして肩へと移動させる。ひんやりとしたそれを感じるように神経を強張らせる。それからその手でそっと僕のシャツの第一ボタンを外した。風がシャツの中をすっと通り抜けてゆく。
顔を更にしかめながら、ローランサンは今度はタオルで僕の額の汗を拭った。
「窓開けるか?」
「いや、いい」
「やっぱ寝てろ、馬鹿が」
言っていることとは違い口調は穏やかだったが、正直体制を変えるのも辛かった。呼吸するのが辛くなり、頭がクラクラする。何故だか、また身体が熱くなり、汗が頬を流れる。鼻の奥と目の奥が同時に熱くなる。焦点の合ってない視界はただぼやけているだけなのかもしれない。また頬を水滴が伝った。
肩にそっと手が添えられ、そのままベットにゆっくりと押し倒される。ぼうっと開いていた瞳は、今度はローランサンの手で覆われた。闇が来る。嗚呼、と思っていると、片方の手にまた手が添えられた。指が自分の指の間を滑り込み、そして強く握られる。
ローランサンの手は冷たかったけれども、きっとそれは僕の身体が熱いだけなのだろう。
だってお前はいつも宝石のように温かいのだ。
「イヴェール」
もう一度名前を呼ばれたときには、僕は本当に泣いてしまったのかもしれない。
(力が強すぎて自分が折れてしまうことを知っていても)
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誰がミシェルなんだか…。