「帰れ」


 月の明かりだけが微かに入ってきているこの部屋は不気味なほど薄暗かった。所々にできている闇を見つめていると吸い込まれるような錯覚に陥ってしまう。その薄明かりの中、やっとのことで見ることの出来る青い瞳は睨み付けながら僕にそう言い放つのだった。


「聞こえなかったのか?帰れ。今すぐにだ」


 氷の様に冷たい床に蹲っていた僕を見下しながら立っている。その瞳を見上げればこちらは闇よりも一層に人間を引きずり込むのには効果があるように思えてくる。美しい青の瞳は深い闇。そのくせ、その奥には確かな光が見えるのだ。僕がどれほど手を伸ばそうと手に入ることのない光。渇望は空しい最後の悪あがき。伸ばした手は虚空を切るだけで終わってしまうことなど知っている。
 例えそれを掴んだとしても、それをオルタンスとヴィオレットは決して望まないのだろう。


「狭間へ帰るんだ。そして唄え。それがお前の役目だろう」

「僕は、帰りたくない、んだ、」

「ふざけんな。お前の我侭のおかげで後で双子にどやされるのは俺なんだ」


 舌打ちが聞こえたと思ったら急に胸倉を掴まれて無理矢理身体を起こされる。頭の中がぐわんぐわんと蠢く中、また殴られるのかもしれないと考えて、歪む瞳で彼を見た。元々不機嫌そうな顔をさらに歪めている顔が視界を覆うのだった。本当は綺麗な顔なのに、もったいない。
 首に自分の体重がかかっているせいで息がしずらかった。肺にうまく酸素が回らなくなり、また頭が歪む。頭痛と吐き気を感じながら、それでもこの首を絞めて酸素が完全に自分の身体中を廻らなくなっても自分の存在は消えないのだと自覚する。自分に必要なのは大気に含まれる酸素ではない。身体の血液でもない。自分は消えない。決して死を招かない。
 生すら宿っていないのだから。


「こっちに傾くなよ」


 ゆっくりと唇が動き、一層低く冷たい声で呟く声は、自分にとっては優しいものである。だが、温もりを感じられないのは、きっと自分自身のせいなのだ。骸である自分に感じられるものなど冷たさしかないのだろう。


 自分に必要なのは物語だ。
 生を得、また死を得るために。
 この世界を廻るために。


「…わかってるよ、そんなの」


 消え入るように呟く。そして夜の手が離れ、重力に任せそのまま崩れ落ちた床は異様なまでに冷たいのだった。


(いっそ死んでしまいたいなどと)
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イヴェールがいっぱいいると私が幸せになる。
夜×黄昏は擦れ違い擦れ違い。で、ちみっとヤンデレ。

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