首筋に小さな吐息がかかる。それを感じる度、どうしたものかと頭をぐるぐる回転させ考えてみるがいい対処方がみつからず、いつものように溜息も舌打ちもできず、それどころかいろんな思いがこみあがってきてだがしかしそれを押さえようとして一生懸命で息さえも詰まりそうなのだ。周りを見渡してもベットの上で壁にもたれて座っている状態なので、手の届く範囲にある道具と言えば、さっきから読もうに読めずにいた本と、腰のところに刺さっている短剣しかない。役に立つと思い普段身に着けていたものが、どれもこれも使い物にならないのである。
首に回された腕の力が強くなり、そしてだんだんとゆっくりと弱まっていきそしてまた強く抱きしめられる。それがずっと繰り返され、そしてその腕に力が弱まる度に、何か途轍もない恐怖が身体中を一瞬走り抜け、恐ろしくなって抱きしめ返そうとさっと手が動いてしまうが、ただ、今の相方の頭にも肩にも背中にも腰にも触れるのが躊躇われ、行き場のなくした腕はゆらゆらとシーツに落ちるだけであった。
「イヴェール?どうした?」
「・・・・・・別に」
なるべく柔らかくなるよう語調に気を使い静かに言う。やっとこの台詞を言えたのだけれども結局この状況をきちんと説明できる材料は揃わない。相方はいっそう首筋に顔を埋めて、別に何でもない、何でもない、何でもないんだ、とうわ言のように呟いた。そして聞いたことを大いに後悔する。
きっとそのことに触れられて欲しくないのだ。こういう時に、気を利かせてやれない自分に苛立つ。イヴェールはプライドが高い奴なのだ。自分の弱味をほとんど他人に、ましてもうずっと長い付き合いになる俺にまで見せようとしたことがない。性格の問題だ。俺だってあまり自分をさらけ出すタイプではないのだが、それでも相方の妙な鋭さに隠しても隠し通せず、笑われたりからかわれたり救われたりしてきたのだが、そんな鋭さが自分にはどうしてもないのだ。イヴェールが苦しんでるのがわかってもその原因がなんだかわからない。それでは意味がないのである。
「ローランサン・・・」
「ん、・・・あ、えっと、何だ?」
「・・・お前は、」
イヴェールが言いかけたところでふと気がついた。さっきから最近何か変わったことがなかったかと考え込んで、自分の記憶を底からひっくり返してみていたのだが、気がついた。自分としてはあまり思い出したくなかったが。
そういえば、5日前に人を二人殺したのだ。若い夫婦の、女と男。忍び込んだ民家の主たち。暗闇の中で物音に気付いて起きてしまったのか寝室から出てきたその夫婦と鉢合わせになってしまった。声を上げられるわけにはいかず、持っていた黒光りする剣を容赦なく無心で男の方の喉元に突き刺した。紅く生暖かい血液が顔に飛び散り、鈍い音を立てて男は倒れこんだ。後ろで同じような、しかしもうすこし軽い音を聞く。振り返ればイヴェールもまた剣を抜いており、そして女は血を流し足元で死んでいた。
だがそれをずっと引きずってたのは、恥ずかしながら自分の方だった。イヴェールは仕方がないとすぐ割り切れ、冷静に対処していけるのに、自分だけ妙にずるずるとその事実を抱え込んでいた。自分の方が盗賊を長くしているというのに、イヴェールの仕方がない、そういう仕事だという言葉を素直に受け止めきれず、ただ返り血の匂いと夫婦の怯えた表情に悩まされ、ようやく、ようやく最近落ち着いたのだ。
思い出して、そして凄まじい吐き気が身体を支配していくが、それを懸命に堪える。くそっ。自分に心の中で舌打ちをする。結局は全然成長していないではないか。
「お前は、ローランサン。お前は、優しいよな」
「あ・・・え?」
考え事の中、そういえば会話の途中だったことを思い出した。血の色に変色していた自分の視界が銀色の美しい髪へと移り変わる。
「僕なんか・・・いや、僕は・・・」
「・・・・・・」
「僕は、お前が羨ましいよ」
ふと相方の口から出た予想外の言葉がなんだか冗談でも言っているかのように聞こえたので、ふいに笑ってしまいたくなった。なんたって、自分が何よりも誰よりも羨ましかったのはイヴェールの方なのだ。自分はそんなに器用ではないし、自分はそんなに鋭くないし、自分はそんなに美しくないし、そしてそこまで優しくもないのだ。理想だと思い、ずっと隣で手を伸ばしそれでもつかめずに居た存在が何を言い出すのか。
「何言ってるんだ?」
「僕はすぐ吹っ切れられるんだ」
「それで?」
「お前はずっと悩んでただろ・・・」
僕は、とまた小さく呟く。肉を切り裂いた感触を感じても、それでもなんとも思わなかった。
やっとその時、行く場をなくしていた両腕がすっと軽くなり、ようやくイヴェールの自分より小さい身体を抱きしめ返せた。震えているわけではない。それでも脆いと感じてしまう。
「らしくないな」
「お前のっ・・・」
「・・・・・・」
「お前のせいだ・・・」
首に回っていた腕の力が一層増し、それに乗じて自分の腕にも力を込めた。イヴェールがどんな表情をしているのか検討も付かず、それでも小さく、俺もお前が羨ましいと縋るように呟いた。
(本当は守りたいと思っているのに)
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オギュ(妻に過保護すぎのおっちゃん)の息子なので、ローランサンは過保護だ(何故に)。オギュの息子=ロラサン。
ロラサンは疑問があると一人で勝手に心の中で葛藤するタイプ。イヴェールはなんでも口に出してすんなり解決していくタイプ。タイプが違う人が近くに居るとどうにもやり辛いものです。書きやすいがな。