Polly put the kettle on,
Sally blow the bellows strong,
Molly call the muffin man,
We'll all have tea!
まだ幼い顔つきに甲高い声音を乗せ少年少女が走り自分の横を通り過ぎるのを特に意味もなく視線だけで追いかける。異国語だが耳に覚えのある唄、遠い昔、誰から教わったかも忘れてしまったような旋律を聞き流しながら人混みのなかをゆったりと歩いてゆく。昼間の商店街はどうも込み合うようで、こんな太陽が機嫌のいい日に部屋にいては腐ってしまうと言っていた、陽気な言いだしっぺも今では綺麗に伸びた睫を重く下に向け、少々頬を膨らませていた。
そこまで広くない道んい立ち並ぶ店へ足を運ぶ客達の顔は明るい。太陽の陽気さが皆々へと伝染し、きっと身体がじっとしてはいられないのだろう。周りの温もりが逆に息苦しくなってしまったであろう相方にはいたたまれない話なのだが、しかし自分はといえば、これもなかなか悪くないのではないだろうか。安上がりの宿のベットに転げて無理矢理相方に押し付けられる読めない本を広げるよりは格段ましである。それに暗い闇に溶け込んで汚れているより明るい道へと歩いてみるのも心地いいものなのだ。
肉や魚の焼ける香ばしい匂いや女物の香水の匂いやらのなかから、一際鼻に付く甘い匂いを感じた。間髪入れずに若い女の売り文句が耳に届く。街一番のマフィンが焼けた、お嬢さんには甘酸っぱいラズベリーがいい、そこの紳士のお方、ほろ苦いチョコレートでもいかがか。淡い水色のワンピースを身にまとっている栗毛の女は笑顔で綺麗に響く声を張り上げる。その香りにつられ子供達や夫人らがわらわらと集まっていた。
他の店同様に横目にやりすごそうとしたら、ふと横にいたイヴェールが動きを止めた。それにつられ足をとめ振り返ると、先ほどの店へ向けている相方の視線がこちらへ向いた。
「…おい」
「いいだろ、別に」
さっきまでの膨れ面はどこに消えたのか、自分の腕をとるイヴェールの声はどういうことか明るい。逆に俺は眉を寄せ、顔をしかめる。隣で母親にねだる少年を見るが、驚いた。表情がそっくりだ。
「おい、イヴェール」
「金ならあるぞ」
そう言いながら懐から見慣れない形の財布を取り出す相方にまたもや驚く。にやりと、隣の純粋な少年とは別格の意地の悪い笑みを浮かべた相方に頬を引きつらせた。どうやら手癖は相方の方が悪いようだった。イヴェールに引っつかまれていた自分の腕の力が自然に抜けてしまうと、そのままイヴェールに引っ張られてマフィン売りの店まで連れて行かれてしまう。
「何がいいんだ?」
「なんでも」
「んー…」
メニューの前で真剣に悩んでいるイヴェールの顔を見ていると、何故だか頬がゆるくなる。しかしながら、イヴェールの手にしっかり握られている財布の主人のことが脳裏に浮かぶと胸の温もりがすっと消えていった。こいつの気まぐれの餌食に引っかかってしまったのは、まあ、運が悪かったのだ。可哀想ではあるが、だが仕方がない。黒い革の財布であらば紳士であろう。目の前の栗毛の若い女から掠めることにはならなかったのだからそれはそれで、と胸を落ち着かせる。
いつかまだ子供の頃、匂いにつられどうしても食べたいと悪餓鬼の知恵を働かせてイヴェールと二人でパン屋のマフィンをこっそり持ち去ったことを思い出す。結局は大人たちにばれてしまい、修道院のシスターとイヴェールの母からくどくどと長い説教を聴かされた挙句、夕食抜きにまでなってしまい、腹癒せに近くの森まで逃げ出したが、結局2人とも帰り道がわからなくなり泣き喚いていたところを探しにきた大人に見つけてもらいまた説教の嵐だった。
昔の映像が浮かび、誰にも気付かれないように小さく苦笑いをする。あの頃はまだ幼すぎたのだ。幼稚な悪戯で済まされた。それなのに、今はもう随分成長してしまったものだ。悪戯も薄汚い職業に変わり、片足をとられていた泥沼にはいつのまにか腰の辺りまでつかってしまった。
おまけに腰に刺さる黒光りする剣は汚れきっている。
「思い返すもんじゃねーな」
小さく呟くと、店員に注文し終えたイヴェールがきょとんとこちらを向いた。何か言ったかという目での問いに、小さく首を振って返した。
「素敵なお兄さんたちにはおまけするわね」
明るい声が聞こえ、そちらに視線を向けると女が紙袋のなかにもう一つ余分に狐色のマフィンを入れる。それにイヴェールがゆっくりと微笑み、紙袋を受け取り、紳士的にその女の手をとり甲にそっと唇を近付けて礼を言うと、女は少し顔を赤らめながら、さっさと店の奥へと戻って行った。
3つになってしまったマフィンの1つをすっかり機嫌の直ったイヴェールに差し出され、手に取る。狐色のそれにそのままかぶりつくと、少々甘すぎる味が口の中を支配しだしたのに、顔をしかめれば、相方は素早く俺からそれを奪いとり自分の口へと押し込むのであった。
さぁ おやつにしましょうよ
少女達の陽気な歌声を聞きながら、昔より大分伸びた前髪越しに蒼すぎる大空を見上げる。隣では相方が満足そうにマフィンを頬張っていた。
(空も何も意外と昔から変わっちゃいないのかもしれない)
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英文はマザーグースです。イギリスの童唄。…だよな。スペル間違えてたらごめんなさい。
イヴェは普通の家庭育ち。ヘタレは近くの修道院育ち。みたいな、ね。幼馴染設定が好きなだけです。
甘くするつもりだったのですが、私にはこれが限界かもね。あかん。